気付けば子育て後半戦(兄の大学受験編)

息子娘の大学受験が気になる父。嫁への不満は書かない予定。

〜徐々に迫ってきた長男の大学受験と、中学妹の成績低迷にうろたえる父の日々〜

平易でキャッチーで率直な物言いは相変わらず。
とはいえ必ずしも単純ではない話を、18才にするのか。
自分が18才の頃にこれを聞いて果たしてピンときたかどうか。。。まあ東大に入るような子なら大丈夫ということでしょう。

センセイ相変わらずロックだなと思ったのは、やはりメタ知識についてですね。
一般に大学は(特に東大は)、具体的に「役に立つ」人材を排出することを期待されています。
それは既存の価値に奉仕する、貢献するということで、受験勉強などその典型の一つです。
学歴、偏差値という既存の価値基準に自分を適応させようとする事だからです。

センセイそれをやんわり否定しています。
すでにある価値に自分を最適化することで自分を価値付けるのではなく、まだ誰も見たことのない価値を見出すのだと言っている。

今、大学の文学部や社会学部が、「役に立たない」という理由で攻撃されています。
(そう言いたい人には女性学などその最たるものでしょう.)

ですが、現実に今、自分の息子や娘の大学進学を考える時、この国の(旧態依然かもしれない)受験制度に適応することのみを考えます。
それは子供の受験やその後の人生にとって「役に立つ」からだし、正直それ以外を大学に求めている人など多くはないでしょう。
(そのための機能しかないと思われているからこそ、潰せという声がでる。無理解で無教養な連中が単に喚いているのではなく、ほかならぬ受験生が態度でそう示しているからだとも言えます)

我々が求めているのは、難民になっても生きていけるチカラなのではなく、難民にならなくて済む人生なのです。
大学はそのためのパスポートだと思われている。でもそれこそ幻想だとセンセイは言います。

しかし、、、これは東大に合格した学生に向けて語られたものですよね。
事実上その心配の無い者に、それ故にこそ「難民になっても」などと言える。

上野先生がかつて、社会のなかで当然視され誰も気にも留めなかった現象に、「性差別」という名を与え問題を見出しています。
それは名を与えられる前から存在し、虐げられた人がいたのです。

今、同様に、新たに社会学的な名が与えられたものがあり、それは「貧困」や「格差」です。
それは以前からありましたが、問題として見出されたのはここ10年でしょう。

それは単なる理論でも知でもなく、現実的な危険です。
ここ10年程度の中学受験熱の高まりは、明らかにそれが背景にあります。

今や大学受験は、弱者がすがる蜘蛛の糸のようです。
知の価値など信じない者が「役立つ」ことを求めて大量にぶら下がり、この糸を切ってしまうかも知れません。

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最近、父の仕事が妙に忙しく、なかなか早く帰れない日が続いています。
まあこれは時折あることなので、別にどうでもいいのですが、それに加えて嫁の帰宅時刻も遅くなってます。
異動で仕事が忙しくなったらしく、夕食に間に合わない日が出てきている様子。
最近そんな日は、兄が料理をしたりしてます。

しばらく前から、嫁は兄に基本的な料理を仕込み始めてます。
といってもまだ始めたばかりなので、自力で何かを完成させることはできないのですが。

ただ、朝のうちに材料を用意し手順を伝えておくことで、両親がいなくても、兄が晩のオカズを作る、くらいはできるようになってます。
(それ以前はコンビニで弁当を買わせたりしてた)

嫁の中では、子供は高校を卒業したら家を出て自立させるという信念があるらしく、それに向けて着々準備中、というところのよう。

実際、自分で自分を養えるというのは大切なことです。
父は一人暮らしの若い頃、キャベツとレタスを間違って買ってレシピ通りの料理ができなかったことがあります。(笑
経験が無いと、いくら情報があっても下らない間違いをするものです。
それに自分で自分の食べるものを作れないというのは、なんというか人間的な弱さにつながります。

今や父もそれなりには料理ができるようになっており、休日は 嫁を休ませるためにキホン父が食事を作ります。

ところが最近、そこに兄が割って入ることが多い。
当然自分の好きなモノを作るので、やたらとウドンだのパスタだのばかり作ります。
簡単だからというより、単に自分が食べたいから作るのです。

いや気持ちはわかるよ兄。実は父も要するに自分の食べたいものを作りたいがためにキッチンに立ってますw
(別に嫁の料理に不満があるわけではない)←ココ重要。

まあ兄が作れば父もラクできるので歓迎なのですが。

ただ両親が揃って帰りが遅い日が増えてます。
嫁もそれを予期してた訳ではないでしょうが、兄が何もできないという状態でなかったのはよかったです。
まさに備えあれば憂いなし、です。


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先日、妹ちゃんの中学の年間行事の説明会的なものに行って来ました。
普段は嫁が行くことが多いのですが、今回は嫁の都合が悪く。

実は父はその界隈にも気に入ったカフェを押さえており(入試の時に発掘した)、用事があって中学に行く時はいつもそこに寄るのがなにげに楽しみ。今回も行ったww

それはともかく、保護者の皆様がなんかみんな品の良い奥様で、これが私立の女子校の世界か、という感じでした。
先生方も上品。兄の男子校にいるような筋肉型体育会系男性教師なんていません。

奥様方の話を聞いていると、今時の女子中学生の間ではジャニーズと韓国アイドルが人気の双璧をなしており、ほかに「ウタイテ」というのも人気があるよう。

父もさすがに韓国アイドルくらいまでなら分かりますが、なにウタイテ?
初耳だし。

それと、妹ちゃんのクラスには不登校の生徒がいるということも。
去年、別のクラスにいることは聞いていましたが、3年になって同じクラスになったようです。
(母親が姿を見せていました。周囲の同級生達の話を聞いてちょっと泣いていました。。。進級してクラス替えがあったのですが、登校のきっかけにはならなかったようです。)

先生方の話は、学校生活や行事・学業方針についてだけでなく、生徒の言葉遣いだの生活態度だのに及び、特にスマホの扱いに四苦八苦してる様子をコミカルに語ってました。
こういうのも父から見ると、なんとも女子のカルチャーという感じです。

というか、親が家庭で子供を見るとき、特に男親は勉強・成績を中心に見てしまいます。

でも実際娘が通っている学校に行き、普段接している先生に接し、教室に掲示してある手描きのポスターだのクラスの標語を見ていると、こういうものこそが娘の中学生活の中心で、勉強はその一部にすぎないのだなとつくづく感じます。

父は地方の出身なので、東京で暮らす自分の子を見ていると、なんとも窮屈で自由の少ない、勉強ばかりの無味乾燥な思春期を送ってるな、という印象が正直あります。

教育の重要性が(日本経済自体が斜陽化するなかで)増してきていて、子供にかかる負担が増えてるのは確かでしょうが、それでもこういう中学生らしい生活があるのだと思うと、当然のことなんですが、なんかほっとします。


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